発展途上国で、母体死亡の原因診断はどれくらい正確なのかしらべてみた、というはなし

国際保健

モザンビークの母子保健総合病院において、母体死亡原因臨床診断病理解剖診断を比較してみたら、38%の臨床診断は間違っておりおそらくきちんと診断され治療されていれば助かったと思われる症例だった、という報告が、Lancet Global Health 2020年7月号に掲載されました(こちら)。

方法

2013年11月1日から2015年3月31日までの17ヶ月間に、モザンビークのMaputo Central Hospital (Maputo, Mozambique)で発生した母体死亡症例91人を対象として、後方視的に診療録を用いて研究しています。

目的は、死後の病理解剖診断(組織診断も含みます)と臨床診断(臨床症状、経過などから診断)とを比べて、どれくらい一致しているのかを検証する、というものです。

病理解剖所見ならびに組織所見に基づいた診断が確定診断となりますので、その診断を基準として、実際に診療にあたった医者の診断がどれくらい当たっていたのか、を検証しています。

10年前にこの病院では、同じような研究をしているので、その時と比べてて診断精度がどのくらい向上したのか、ということもみています。

論文では、死亡原因を直接的原因間接的原因ににわけています。流産ならびに死産、妊娠高血圧症候群関連、産科出血、妊娠関連感染症、その他の産科疾患、妊娠分娩管理中に起こった予期せぬ合併症を、直接的死因としています。

それ以外の死因を間接的原因としています。

臨床診断が、病理解剖+組織診断と異なっていた場合、その違いを「重大な不一致」「マイナーな不一致」と2つのグループに分けています。

「重大な不一致」はは以下のようなものをさします。

クラス1の不一致: 死亡前にきちんと診断できていれば、おそらく母体の生存が期待される場合(例えば細菌性髄膜炎を子癇発作と診断している場合)

クラス2の不一致: 間違って診断され治療されているが、診断されていても死亡は不可避だった可能性のある場合(例えば劇症肝炎を感染と診断している場合)

「マイナーな不一致」は次のようなものをさします。

クラス3の不一致: 症状があるのにきちんと診断されていない場合(たとえば、子癇発作の症例で、誤嚥性肺炎があるのに見逃されていた場合)

クラス4の不一致: 遺伝的疾患や疫学的に重要だけれど見逃されている場合(たとえば、住血吸虫感染など)

診断があっている場合はクラス5としています。

また、病理解剖ならびに組織診でも原因がわからなかった場合はクラス6としています。

診療録の最終診断の欄から最低5つの診断を抽出し、それらのうち一つも病理診断と一致したものがない場合を、「診断の不一致あり」と評価しています。

結果

17ヶ月間で136件の母体死亡症例がありました。そのうち、91症例が今回の研究で分析されています。

91人中、41例(45%)は病理解剖診断で直接的原因(つまり産科疾患)による死亡と診断されました。内訳は、流産の合併症9人、妊娠高血圧症候群関連4人、産科出血16人、妊娠関連感染6人、その他の産科疾患6人、でした。

一方、49例(51%)は間接的原因と病理解剖で診断されています。最も多かったのは感染33人(肺炎、HIV関連感染など)で、それ以外は、重症マラリア4人、髄膜炎2人、腎盂腎炎1人など、でした。

妊娠高血圧関連の診断は、感度100%でしたが、陽性的中率(つまり妊娠高血圧症候群の妊婦さんを、きちんと妊娠高血圧症候群と診断できる割合)は33%でした。つまりなんでもかんでも、「高血圧と言っていれば、当たるだろ」って感じです。でも、ほんとは違う原因の症例が結構ふくまれているじゃん、ってはなしです。

一方、妊娠関連の感染症の感度は17%で、陽性的中率低い(50%)という結果でした。

こちらは、死亡する前に診断するのも難しいし、当たるかどうかは、コインを投げるのと一緒って感じです。

91症例中、診断の不一致を認めたのは35症例(38%)でした。

しかも、これらの不一致は、すべて「重大な不一致」でした。

それらの不一致(クラス1と2の不一致)は、「妊娠関連感染」「産科疾患以外の原因」に集中しています。

重大な不一致の頻度を10年前と比べてみると、ほとんど変わっていませんでした(40%(10年前)vs38%(今回))。

著者たちは、現地の臨床に携わる医師たちは、母体死亡の原因をなんでもかんでも高血圧などのメジャーな産科疾患のせいにしている、と指摘しています。

いろんな統計から母体死亡の原因で多いのは、産後出血高血圧による痙攣だ、ということがわかっていますし、これらの疾患の知識は、現地の医療従事者の間で確かに上昇しました。

理事長もなんども現地でこれらの疾患に関して講義してきましたし、当然、まずはこれらの疾患を見逃すなと教えてきました。おそらく他の地域でも同じようなトレーニングが行われていると思うので、これらの疾患の診断や管理に、現地の医療従事者がかなりなれてきている、という事実はあると思います。

では、産科疾患以外の疾患を診断できる検査設備などがあるのか、と言われるとほとんどありません。日本では普通にできる血液検査なんてとてもできませんし、レントゲンもありません。

例えば、理事長がいた病院では、痙攣して運ばれてくる妊婦さんが結構います。

ほぼ9割は高血圧を合併しているのですが、中にはマラリアが原因で痙攣している症例もいます。

マラリアの診断が難しいところは、熱が出ない症例も結構ある、ということです。

2、3日前の発熱はあるかもしれないのですが、相手は痙攣しているので、なかなかそこまで聞き出せません。

マラリアを正確に診断するには、血液を顕微鏡でみる検査が必要ですが、設備もなければ技師さんもいません。当然、PCRなんてできません。

結局、臨床診断は高血圧による痙攣ということになり、しなくてもいい帝王切開が増えてしまいます。そして、マラリアに対する適切な治療が遅れてしまう、といったことが日常茶飯事でした。

WHOは、誤診を防ぐことが医療の質をあげることの第一歩だ、と指摘しています。

たしかに臨床医は自分の鑑別したい疾患だけしか頭にないことが多いし、自分の診断を裏付ける所見ばかりに囚われてしまう傾向があります。

医療者のトレーニングは当然必要ですが、それには限界があるのでは、と思います。

やはり診断精度をあげるためには、簡易で安価な現地でも使用できる検査機器や設備が必要だと思われます。直接今回の論文の内容とは関係ないのですが、理事長のNPOでは、スマートフォンで動作する超音波診断装置を途上国の産科救急に導入して実際どのくらい役にたつのか、ということを調べています(論文査読中)。

施設分娩や、医療者のトレーニングで、確かに母体死亡を減らすことができました。

しかし、そうは言っても、最貧国とよばれる国々での妊産婦死亡率は現在でも400人/10万出生くらいですから、日本の130倍ちかくの妊婦さんが死んでいることになります。

さらなる削減を目指すためには、医療の質をあげることが必要であり、そのためには医療資源に投資することが必要になってくると思われます。

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