発展途上国で、妊産婦死亡をどうやって減らす? 施設分娩とSkilled Birth Attendant(助産師)だけではもう古い?

国際保健

2020年7月 Lancet Global Health に面白い論文が掲載されました。モザンビークの総合母子病院で、どれくら診断間違いがあって妊産婦が死亡しているか、を調べたみた、という内容です(こちら)。

論文の内容は次回くわしくお話しすることにして、今回はこの論文がでた背景をお話ししたいと思います。

病院でお産するのは当たり前ではない

日本では当たり前の施設分娩、つまり病院やクリニックでお産をすること、は実は世界の常識ではありません

発展途上国といわれる国は、まだまだ自宅で出産することが多いのです。

その場合、お産婆さんがおさんをみるのが普通です。

世界保健機構WHOも以前は、産婆さんを重要視していた時期があります。

WHOは、お産婆さんに、Traditional Birth Attendant TBA (伝統的産婆)などという呼称まで与えて、1970から80年代には母子保健プロジェクトの主要なプレーヤーとして重視したのです。

しかし、母体死亡や新生児死亡を減らすためには、自宅ではなく施設分娩が必要ということで、現在は母子保健プロジェクトといえば、「施設分娩」「訓練された助産師による分娩介助」(skilled birth attendant)、を2本の柱としています。

施設分娩と妊産婦死亡

歴史を振り返ってみると、先進国では、妊産婦が自宅での分娩から施設、つまり病院やクリニックでの分娩が増えるのに反比例して、妊産婦死亡率が減ってきています

実際、日本なども昭和の初めくらいまで、産婆さんが自宅でお産をとるのほうが普通でしたが、高度成長期の時期に施設分娩が増え始めたころと一致して、母体死亡数が減少しています。

確かに施設分娩の増加も大きな変化ですが、それだけで妊産婦死亡率が改善したわけではありません。インフラ整備が進み医療機関へのアクセスが改善し、国民所得が増加し、女性の高等教育を受ける機会も改善した、などの複合的な要素によるところが大きいと思います。

しかしこの変化は一朝一夕にできるものではなく、大きな投資を必要とします。

また、アジアやアフリカの女性の健康などというのは、橋や道路をつくる事業に比べればお金にならない事業でした。

だから、アジアやアフリカなどの国々での母子保健医療支援は、民間の非営利組織NGOが主体で、低コストで妊産婦プロジェクトをしていました

そこで行われていたのが、産婆の再教育でした。そして、それに便乗したのがWHOです。

大きな投資も必要なく、コストパフォーマンスがよい、ということだったと思われます。

しかし、1990年頃からその効果に疑問を呈する論文が出始めます。1997年にはWHOは大きく舵をきり、伝統的産婆ではなく訓練された助産師と施設分娩を重視しはじめます(このあたりのことはこちらの論文を参照)。

さらにこの頃(2000年)、国連主導でMillennium Development Goals(MDGs) が提唱されました。これは2015年までに主要な8つの開発目標を達成しようとするものでした。

その中に乳幼児死亡率低下と、妊産婦死亡率の低下がありました。そしてこれを達成するためには施設分娩西洋医学のトレーニングを受けた助産師による分娩介助が必要と明確にうちだしたのです。

WHOもこれに歩調を合わせ、途上国の医療政策に圧力をかけました。多くの途上国では施設分娩を推進するために、産婆さんがお産をとるのを禁止したり、施設分娩に補助金を出したりしました

右へならえのNGOたち、特に日本の援助団体は、母子保健プロジェクトといえば、施設分娩推進とか助産師のトレーニングなどを実施するようになります。現在にいたるまで、日本国際援助機構JICAの補助金をもらって実施される母子保健医療プロジェクトは、どれもこれも似たような内容のものばかりです

確かに母体死亡数は減った。でも。。。。

このMDGで施設分娩と助産師の訓練を推進した結果、母体死亡数は確かに削減されました。

次の表は、2000年から2017年にかけて妊産婦死亡数がどのくらい減ったかを示しています。

世界最貧国(Least Developed Countries)といわれる国々の推計は、2000年に194000人だっとのが、2017年には130000人に減っています。率にして45%くらいの減少です。

WHOのホームページから http://gamapserver.who.int/gho/interactive_charts/mdg5_mm/atlas.html

しかし、この改善がここへきて頭打ちになってしまっています

その理由は、以前から理事長は主張していますが、たださえ医療資源の少ない途上国の病院に、これ以上患者を集めたところで、患者の予後は改善しない、ということです。

以前のシエラレオネの母体死亡のところでも書きましたが、年間7000件近くの分娩を扱っている病院でも、産婦人科専門医の数はほんの一握りです。私のいた病院では、たったの6人前後です

現地で輸血を手に入れるのは非常に困難です。輸血などの医療資源はほとんどありません。

ちなみに、私が現在いる日本の地域周産期母子医療センターでは、専門医とよばれる医師は10人弱いますが、扱う分娩数は年間450件程度です。

シエラレオネの病院では、分娩も手術も日本の病院とは比べものにならないくらい多いのに、医療スタッフも薬も、すべての医療資源は比べものにならないくらい、少ないのです。

途上国の医療従事者たちは疲弊しています。おまけに十分に給料も支払われないのですから、医療の質があがるわけありません。

理事長がシエラレオネの病院にいる間に、医者のストライキが何回もありました。

しかし、WHOもそして政府も、施設分娩を増やせ、助産師を増やせ、の大合唱です。

当然、病院に行ったところでろくな医療が受けられない、ということになります。

この事実を裏付けるようなデータを示しているのが、最初に紹介した論文です。

この論文の内容は、次回詳しくお話しします。

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