PEEP(呼気終末陽圧)装置つき自己膨張式バックの効果 タンザニアからの報告

国際保健

こんにちは。

呼気終末陽圧(positive end-expiratory pressure:PEEP)装置つきの自己膨張式バックで新生児蘇生をした場合、新生児の心拍数の上昇は、PEEPなしのバックで蘇生した場合と変わらなかった、とするタンザニアで行われたランダム化試験の結果が、2020年10月のPediatricsに掲載されました(こちら)。

今回研究したのはノルウェーの研究チームで、自己膨張式バックはLaerdal社製のものを使用しています。

呼気終末陽圧??PEEP??って??

赤ちゃんが生まれてきた時の肺は、水浸しな状態です。赤ちゃんが生まれてきて、オギャーと泣いた瞬間に、この肺にたまっていた水が一気に吸収されて、肺に空気が入ってきます。それ以後はもう胎盤から酸素をもらうことなく、自分の肺をつかって酸素を体に取り込みます。

この時、まだ赤ちゃんの肺は全部開ききってないことがあります。赤ちゃんの肺は、たとえて言うなら、ゴム風船みたいなものです。ストローでゴム風船を膨らませる場合を想像してみてください。途中まで膨らんでいるゴム風船を膨らませる場合と、ゴム風船がぺちゃんこだった場合を比べると、後者のほうがよけいに力をこめて息を吹かないと風船が膨らまないですよね。

これと同じで、赤ちゃんの肺が一回ぺしゃんこになってしまうと、次に膨らませるときに余計に吸気圧が必要になってしまいます。それを防ぐ目的で、息を吐ききらないうちに、つまり、肺がぺちゃんこになる前に、すこしだけ圧を加えてあげて、肺胞の虚脱を防ぐのが「呼気終末陽圧」です。

日本では新生児蘇生法というのがあって、医療従事者を対象として講習会を開いて普及に努めています(理事長もつい先日インストラクターとして参加してきました)。

日本の新生児蘇生法のアルゴリズムでは、どのような時にPEEPを使用するのか細かく指示してあります。一方、途上国ではどうかというと、もっとも一般的なのはHelp Babies Breathe(HBB)という米国小児科学会が策定したガイドラインを使用していることがほとんどです。

細かい話は抜きにして、どちらの蘇生方法を使用しても、赤ちゃんの呼吸が苦しそうな時はPEEPを使用してみましょう、と指示しています。しかし、PEEPの問題点は、自己膨張式のバックでは使用することができず、つねに空気が流れている配管設備がないといけない、という点です。

自己膨張式バックとは??

赤ちゃんを蘇生する場合に使用するマスクバックは大きく分けて、2種類あります。

一つは、今回でてきた自己膨張式バック、そしてもう一つは流量膨張式バックです。

何が違うんじゃい!!って思いますが、簡単に言ってしまうと、バックが自分で膨らむか(下図)、それとも何か流れくる気体がないとバックを膨らませることができないか、の違いです。

詳しい説明はこちらのサイトを見てください。。。。汗

我々にしてみれば、やっぱり使い勝手がいいのは、流量膨張式バックのほうです。なんといっても、赤ちゃんを蘇生しながら、バックの硬さで肺の状態が手にとるようにわかります。さらにバックで人工呼吸をしながらPEEPをかけることができ、まったく泣いてなくて具合がわるそうな赤ちゃんでもかなりの確率で助けることができます。

日本の病院では、どこでも酸素と空気を取り入れることのできる配管が通っています。病室の壁をみれば、酸素と空気が取り込めるように、管を差し込むところが必ずあります。日本の分娩室で配管がないということはないので、この流量膨張式バックを使用することができます。

しかし、このような中央配管システムは、発展途上国ではまずお目にかかれません。それどころか、酸素すらまともに手に入らないことが多いのです。

ですので、赤ちゃんが生まれてきた時に使える蘇生道具は、自己膨張式のバックだけです。ということは、赤ちゃんが呼吸が苦しい時に使うと効果があるPEEPをかけることができません。

中央配管システムを病院につくるためには、莫大な予算と時間が必要になりますし、酸素ボンベはあっても酸素を補充できないので、それらを使うことは現実的ではありません。

最近、この自己膨張式バックでも特別な装置を装着すればPEEPができる装置が開発されました。今回の論文は、この新たなデバイスを装着した自己膨張式バックを用いて新生児蘇生をしてみました、という内容になります。

今回の研究は、タンザニアにあるHaydom Lutheran Hospitalで、2016 9月から2018年6月まで行われました。 

Helping Babies Breatheプログラムでトレーニングを受けた助産師が実際の蘇生をしています。対象となったのは、研究期間中に生まれて、バックによる人工呼吸が必要だった赤ちゃん全員です。この赤ちゃんたちを、ランダムにPEEP装置つきのバックで蘇生したグループと、いままでのPEEP装置がついていないバックで蘇生したグループ、に分けました。評価項目は、赤ちゃんの心拍数が上昇したかどうか、です。心拍数の上昇は、蘇生がうまくいっていることを表します。

結果はどうだったか、というと。。。

417人の赤ちゃんが対象となりました(全体の7.9%)。206人がPEEP装置なし、211人がPEEP装置あり、で蘇生処置を受けています。

両グループの出生児体重(3200g)で、2500g未満の数も両者で差はありませんでした。

著者たちの仮定としては、当然PEEPつきで赤ちゃんを蘇生したほうが、赤ちゃんがよくなる人数が多くなる、ということは心拍数の上昇を認めるだろう、と考えていました。しかし、心拍数の変化に、両グループで差を認めませんでした。

その他の両グループの結果は、新生児死亡は両グループどちらも9%で同じでした。また集中治療室に入院したのは、PEEPなしグループで28%、PEEPありグループで26%で両者に差はありませんでした。結局、新生児の予後には効果ない、という結果でした。

今回は残念な結果になってしまいましたが、その理由として考えられるのは、実は人工呼吸が必要じゃないような赤ちゃんが結構いたのかもしれない、ということです。というのは、今回対象となった赤ちゃんの約半分以上は、心拍がすでに100回/分以上あります。心拍数が100回/分というのは、大人からするとかなり早いですが、赤ちゃんの場合は最低でもこれくらいないと循環が保てないのです。

さらに、PEEPグループでは、一回換気量が少なくなってしまったという結果でした (4.9 [1.9–8.2] vs 6.3 [3.9–10.5] mL/kg; P = .02) 。単純に考えて、換気量がすくなくなれば、それだけ酸素が肺に入る量が減るわけですから、PEEPグループのほうがうまく蘇生できなかった可能性があります。

やっぱり一番大きいのは、どんな赤ちゃんに人工呼吸(バックをつかってする呼吸)をするべきか、という適応が、かなり曖昧だったのでは、ということでしょうか。

日本の新生児蘇生法のアルゴリズムでは、バックを用いて人工呼吸を開始するには、心拍100回/分未満あるいは自発呼吸(自分で息をすること)を認めない場合です。

今回の研究では、実際に心拍100未満あるいは自発呼吸がなかった赤ちゃんたちが何人いて、その子たちの心拍はどうだったのか、がわかりません。論文中で、心拍が100未満だった子の心拍は上昇した、との言及はあるのですが、それが有意な上昇だったのかわかりません。

理事長も、シエラレオネでこのPEEP装置を試してみようと思っていたので、ちょっとガッカリな結果ですが、理事長がこの装置をつかうときは日本の新生児蘇生方のアルゴリズムに則って試してみたいなーと思っています。

今日はこのへんで。

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