妊婦健診に応用できるモバイルヘルス

国際保健

こんにちは。

今回は、途上国におけるモバイルヘルス、特に周産期に関連する話題についてお話ししたいと思います。そしてその後、前回につづいてコンゴ民主共和国で理事長たちが試してきた母子健康アプリケーションのお話をしたいと思います。

モバイルヘルスって最近耳にしたことのあるひともいるかと思います。端的に言ってしまうと、スマホアプリを利用した医療、とでもなりますでしょうか。最近、スマートウオッチやそのほかのウエアラブルデバイスたちの登場で、医療へのアクセスが困難な途上国での使用を試みる研究が増えてきています。

はっきりとモバイルヘルスを定義したものは見つからなかったのですが、mHealthの情報を発信している日本語のサイトには以下のような定義が書いてありました(https://mhealthwatch.jp)。

通信・連携が可能なモバイル、ウェアラブルを活用した健康、医療サービスをそれぞれを点として捉えるのではなく、健康情報、医療情報の一体化・一元管理に向け、モバイルを活用して健康、医療サービスがシームレスに連携する世界を「mHealth」と定義しています。

実は、このモバイルヘルスに特化した医学雑誌があります。JMIR mhealth and uhealthという雑誌で結構インパクトファクターもあります(4.31もある!!)。理事長はつい最近までこんな雑誌があることを知りませんでした。。。

この雑誌には、最新のモバイルヘルスに関連した研究論文が数多く掲載されいています。その中から、2020年に掲載された3本の論文をご紹介します。最新のモバイルヘルスの動向を踏まえた上で、今回理事長たちがコンゴ民主共和国で試してきた、母子健康アプリケーションのご紹介もしたいと思います。

まず最初は、マダガスカルからの研究です。

この研究では、産前健診にmHealthを使ってみたら受診回数が上昇したと報告しています(Anne Caroline Benski, Nicole C Schmidt, Manuela Viviano, Giovanna Stancanelli, Adelia Soaroby, Michael R Reich, Improving the Quality of Antenatal Care Using Mobile Health in Madagascar: Five-Year Cross-Sectional Study, JMIR Mhealth Uhealth. 2020 Jul; 8(7): e18543. Published online 2020 Jul 8. doi: 10.2196/18543)。

この研究で使われたアプリケーションはPANDAシステムと名付けられています。かわいらしい名前がついていますが、別段たいしたことをやっているわけではありません。妊婦が受診したときに、あらかじめ決められた手順をアプリケーションが示すことによって、医療従事者が簡単に業務を遂行できる、検査で異常値があれば教えてくれる、そして得られたデータは一括でクラウド管理しメディカルチームの関係者が情報を共有することができる、というものです。

マダガスカルのAmbanja州にある2つの地域の中核病院に、2015年からこのシステムを導入して、2019年まで運用した結果を報告しています。

結果はどうだったかというと、2015年には、28週以降にはじめて妊婦健診を受診するのが42%程度だったのが、アプリ導入以降は19ー29%に減って、妊娠初期に受診する割合も8.2%から14%程度まで上昇した、と言っています。

統計的に有意な数字かわからないし、ヒストリカルな研究なんで他の要因のほうが大きいんじゃないかとも思うのですが、まあ妊婦の受診態度に少しは影響あるのかもしれません。妊婦健診を受診する回数も2015年には平均1回だったのが、3回前後に上昇したとのこと。

しかし、このアプリを導入したから受診回数が上昇したのかは謎です。おまけにWHOが推奨する(していた)妊婦健診4回受診には至っていません。

妊婦健診データはクラウドに保存され、情報の共有という機能もついていたと思うのですが、それで母体死亡だとか新生児死亡だとかに影響が出たなんて話はまったく言及がありませんでした。

妊婦検診の受診回数と母体死亡には相関関係があるというのは、いろいろな論文で言われています。アプリケーションで受診チャンスが増えたのなら、これらの指標も改善すると思われるのですが、それについての言及はありませんでした。

いずれにせよ、アプリケーションを導入しても妊婦健診受診には多少の影響はあるかもしれませんが、大きなインパクトがあるほどのものでないということです。

さて、次にご紹介するは、サモア独立国からの報告です。テキストメッセージを利用して妊婦さんに情報を提供したり、健診日をリマインドしたり、という介入をしてみたという内容です(Jessica L Watterson, Diego Castaneda, Caricia Catalani, Promoting Antenatal Care Attendance Through a Text Messaging Intervention in Samoa: Quasi-Experimental Study

JMIR Mhealth Uhealth. 2020 Jun; 8(6): e15890. Published online 2020 Jun 2.doi: 10.2196/15890)。

結論から言うと、このメッセージ機能はまったく効果がありませんでした。

いちおう、コントロール群をおいて介入群と比較しているのですが、なんとコントロール群よりも妊婦健診受診率は下がってしまいました。

いままでの研究では、テキストメッセージを使った介入は妊婦健診受診回数を上昇させる、というのが一般的な認識だったので、結構面白い結論です。

介入方法は、携帯電話をもっている妊婦に対して、同意をとれた人にテキストメッセージを週に2回送るというもの。受診日のリマインドに加えて妊婦への教育メッセージなども送っていますが、一方通行の情報の伝達のみです。

2014年にサモアのUpoluというところの診療所と病院を無作為に介入群とコントロール群とにわけて、テキストメッセージの効果をみています。

結果は介入群が妊婦健診受診回数2.2回だったのに対して、コントロール群で2.6回でした。

著者たちは、携帯で繋がることで安心して来なくなったのかも、なんて推察しています。しかし理事長に言わせれば、メッセージなんて受け取っても受け取らなくても、もともと妊婦健診なんて必要だと思ってないのですから、受診回数が増えるわけないじゃん、ということだと思います。

そのほか、著者たちの指摘で重要だと思ったことは、メッセージを受け取る妊婦を登録するのは、医療従事者の通常業務をさらに増やす結果になっていたという点です。

プロジェクトサイトの医療従事者は、「余計な仕事ふやしやがって」、と思ったことでしょう。

教訓としては、何か新しいことを導入する場合、通常のワークフローの軽減がなければ、医療サービス提供者は真面目に取り組まないということでしょうか。

以上の論文からわかるのは、結局、妊婦検診にmhealthを導入しても得られるインパクトはあまり大きくなさそう、ということでしょうか。

最後に再びマダガスカルからの報告です。これは妊婦健診ということではなく、携帯を使った支払いに関するものです。いまだに現金を使うのが主流の日本を尻目に、すでにアフリカではキャッシュレスの波が押し寄せています(Muller et al,  A Mobile Health Wallet for Pregnancy-Related Health Care in Madagascar: Mixed-Methods Study on Opportunities and Challenges, JMIR Mhealth Uhealth 2019, vol. 7, iss. 3, e11420.)。

ケニヤなどの国ではスマホを持っていなくても、携帯でお金の送金から受け取り、そして貯金までできてしまいます。同国ではさらに、医療保険の掛け金を携帯で行い支払いから送金まで、すべてを携帯で行う取り組みが始まっています(PharmAccess Foundation.: PharmAccess Group; 2015 Dec 15. “M-TIBA is truly leapfrogging healthcare in Kenya” URL:https://www.pharmaccess.org/update/m-tiba-is-truly-leapfrogging-healthcare-in-kenya/ [accessed 2018-06-29] [WebCite Cache ID 70WGXZRiN] )。

この論文では、特に妊婦に絞って携帯を使って妊婦健診や分娩費用などの医療費の支払いをする用意があるかどうか、をインタビュー形式で調べています。

結論は、携帯自体は80%の人が持っているけど、1.4%しか携帯を使った支払いをしたことがない、とのことでした。分娩費用などを取っておく場合は現金をタンス預金するのが一番多く、ほとんどの場合はそれすらできない場合が多い。結局、分娩出産にかかわる費用を貯めておくことができないことが、医療施設を利用することの妨げになっている可能性が高い、とのことでした。

ためておくことができない理由の一つは、現金を扱うコストが大きいことです。簡単に言ってしまうと、札束を隠しておく場所がない、ということです。夫に見つかればすべて酒代にされてしまうし、日々の食料費用に使ってしまう誘惑には勝てません。

携帯を使って分娩に備える費用を積み立てておく、というのはいいアイデアだと思います。支払いから送金も同じ端末でできれば、現金を使うためのコストもかなり削減できます。すくなくとも誰かに取られてしまうリスクが減ります。

以上をまとめると、妊婦検診や分娩の記録を電子化する試みはいろいろなところですでに始まっている。しかし、そのインパクトは限定的であり、妊婦健診受診率に向上するかどうかは、まだわからない。一方、モバイルヘルスの使い方として携帯を使った送金や貯金の可能性はあるが、分娩費用に備えた取り組みはまだない。

さて、今回理事長たちがコンゴ民主共和国で試していたのもこのモバイルヘルス用のアプリケーションです。

日本の母子手帳にあたるものを開発しているのですが、母子手帳をそのまま電子化しているわけではありません。

妊婦健診を例にとれば、妊婦健診で必要な検査項目をすべて一つのアプリに集約してしまおうとするものです。

なぜこんなことをするのかというと、途上国では妊婦健診の結果やそのほかの検査結果は、多くの場合、妊婦自身が保管しています。医療施設で別にカルテをつくって保存している場合は極めて稀です。

妊婦自身が母子カードを持っていて、それに妊婦健診の記録を書き込み、血液検査やエコー検査をした場合は結果を書いた紙切れがそのカードにはさんであるだけの場合がほとんどです。

そのため、検査結果を書いた紙がなくなってしまったり、汚れて何が書いてあるかわからなかったり、破損していて判読不可能だったり、ということばかりです。せっかく高いお金を払って受けた検査なのに、これでは診療にいかすことができません。

そこで、母子手帳を電子化して、おこなった検査の記録はすべて一つのアプリケーションにまとめてしまおうという発想です。

前回もお伝えしましたが、スマホの普及率は非常に高いです。すくなくとも医療従事者などの、比較的高収入がある人たちは、ほぼ100%持っています。

そのためこのアプリケーションの使用者は、妊婦というよりは、末端で実際に患者をみている一般医や助産師をターゲットに想定しています。

実際に使用したらどんなかんじになるのかデモ動画があるのでみてみてください。

コンゴ民主共和国キンシャサLISANGA母子保健センターでのデジタルソリューションの実証テスト 2020年12月5日

しかし理事長たちが開発しているアプリケーションも、実は「妊婦健診の情報をデジタル化し共有する」という点では前述のものと変わりません。一つ違う点があるとすれば、そのほかの検査結果もデジタル化して記録できる、という点でしょうか。

妊婦健診から、シームレスに超音波検査に移行することができ、もし誰かに相談したければ遠隔通信機能もあります。この2つの点で、ちょっといままでの妊婦健診アプリと異なります。

しかし、情報をデジタル化してクラウドで一括管理し、医療従事者が共有できる、というコンセプトは特に目新しいものではありません。

このアプリケーションに付加価値がつけるとすれば、やはり人工知能による診断補助機能だと思います。人工知能による診断はとくに超音波画像で威力を発揮します。というのも、やはり超音波診断にはある程度のトレーニングとそのための時間を要するからです。

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最後にもうひとつ。このアプリケーションが完成したとしても、母体死亡率を下げたり新生児死亡率や死産率を下げることは難しいでしょう。なぜなら、これらは「診断のための手段」でしかないからです。

妊婦健診でいくらハイリスク妊婦をスクリーニングしても、医療施設に対応能力がないと命は救えません。

「モバイルヘルス」なんてカッコいい名前がついていますが、限界を常に意識して、過度な期待はもたないようにしたほうがいいのでは、というのが理事長の考えです。

今日はこのへんで。

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