1.8kg未満の赤ちゃんに、カンガルーケアを

周産期

こんにちは。

今日ご紹介する論文は、いま話題のNew England Journal of Medicine (NEJM)からです。

日本の偉い政治家の先生が、この雑誌の東京オリンピック開催に関する論説を真っ向から批判したとかしないとか。

我々のように医学の端くれにいる人間にとってみれば、それがどんだけの意味をもつのか想像できるのですが。。まぁ、日本のメディアに言うくらいなら、別にNEJMにとってみれば屁でもないでしょうけど。

話をもとにもどして。。

今回の論文は、カンガルーケアに関するものです。1kgから1.8kgまでの極低出生体重児にKangaroo Mother Care (KMC)を出生直後から行なった場合、通常の新生児管理よりも、日齢28日における死亡率が低下した、という内容です。

カンガルーケア、日本では「早期母児皮膚接触」なんて難しい言葉を使ったりしていますが、要は、生まれたばかりの赤ちゃんをお母さんに抱っこしてもらうことです。

英語ではKangaroo Mother Care (KMC)と言います。基本的に、赤ちゃんとお母さんが肌と肌を接触させて、早期に母乳を与える、ことを指します。もともとは、途上国で、赤ちゃんをあっためるための手段として行われていたものです。

日本だと、赤ちゃんを温めるには保育器があります。よくドラマとかで出てくる、あの透明な箱のことですね。赤ちゃんが一番過ごしやすい温度と湿度を調節してくれるハイテクな医療機器です。ハイテク医療機器ですから当然値段も結構します。一見ただの透明な箱ですけど、あれを買おうと思うと数百万円します。

当然こんな高額な機械、途上国ではなかなか手に入りません。そこで考えられたのがKMCというわけです。

しかし、実際KMCをやってみると、赤ちゃんの生存率が改善するということが様々な研究で明らかになってきました。

いままでのKCMのやり方は、赤ちゃんが生まれたら、まず赤ちゃんを暖かい場所で安定させてから、お母さんに抱っこしてもらっていました。

確かにうまれたばかりの赤ちゃんは、人間の一生の中で一番危険な瞬間を過ごしています。難しい言葉で言うと、胎児循環から肺循環への移行をおこなっているわけですが、これがうまくできないと赤ちゃんは呼吸ができなくなってしまいます。

なので、生まれた赤ちゃんがしっかり呼吸できる、心臓もしっかり動いている、ということを確認してからKMCを行う、というのが通常のやり方でした。

しかし、このやり方だとお母さんがKMCをやるまでに10時間から、長い場合だと25日もかかってしまう、というデータがあります。

実際、新生児死亡の45%は生後24時間に起きていて、80%は生後1週間に起きている、という事実を考えると、死亡している赤ちゃんのほとんどはKMCが始まる前に死んでいる、と想像されます。

この赤ちゃんにとって一番クリティカルな時期でも、KMCをやったら死亡率が下がるのでは、というのが著者たちの仮説です。

今回の研究では、小さく生まれた赤ちゃん(1kgから1.8kgまで)を、生まれてすぐお母さんにだっこしてもらう方法と、従来の、最初に安定化させてから抱っこしてもらう方法とで、比較試験をしています。

方法

研究は、インド、ガーナ、マラウイ、タンザニア、ナイジェリアにある、3次医療施設で行われたランダム化比較試験です。

研究対象としたのは、1kgから1.8kgまでの新生児で、在胎週数、分娩方法、単胎か多胎かは問いません。生後1時間までに自発呼吸がない新生児、または奇形症例は除外しています。さらに、母体の状態が悪くて、3日以内にKMCができない症例も除外しています。

介入群、つまり生後すぐにKMCをした新生児たちには、生まれてすぐにKMCができるように新しくデザインされた新生児室が用意されています。論文ではMother-NICUと名付けていますが、お母さんが赤ちゃんを24時間抱っこできるように、ベッドとリクライニングチェアが用意され、赤ちゃんは特別のバインダーでお母さんにしっかり固定されます。

基本的に、新生児および母体に対する医療的処置は、できる限りKMCをやりながら行われました。

プライマリアウトカムは、生後28日と72時間後での新生児死亡率です。

結果

早期KMC群では1596人、通常の新生児管理群では1587人の新生児を研究対象としています。

無作為試験なので、両群の背景はそろっているのですが、平均在胎週数はどちらも32週±3週、平均出生体重は1.5kg±0.2kg、帝王切開分娩率はKMCで34.7%、通常管理群で38.3%でした。双子だった割合も、KMC群で26.7%、通常管理で26.8%でした。

早期KMC群において、KMC開始までにかかった時間の中央値は、1.3時間(IQR0.8ー2.7時間)。通常管理群では53.6時間(33.8ー101.4時間)でした。NICU入院日数中央値はどちらも6.4日間でした。1日のKMC時間中央値は、早期KMC群で16.9時間(13.0ー19.7時間)、通常群で1.5時間(0.3ー3.3時間)でした。

さて、目的の死亡率の比較ですが、生後28日での死亡率は、早期KMC群では191人(12%)、通常管理群では249人(15.7%)でした(risk ratio, 0.75; 95% confidence interval [CI], 0.64 to 0.89; P=0.001)。

72時間後の生存率は、早期KMC群で74人(4.6%)、通常管理群で92人(5.8%)(risk ratio for death, 0.77; 95% CI, 0.58 to 1.04; P = 0.09) でした。

生後28日目での新生児死亡率は、早期KMC群で有意に下がっていた、という結論でした。

この理由として、1)母体の皮膚と接触することにより母体がもっている善玉菌による細菌叢ができる、2)早期に母乳が開始できる、3)第3者により体を触れることが少ないので、感染するリスクが低い、4)つねに母親が赤ちゃんの状態をチェックしている、5)より頻回な血糖値チェック、6)母児が分離されることによるストレスの軽減、などの要因があったのではないか、と著者たちは述べています。

今回の研究では、1kgから1.8kgまでの低体重出生児の赤ちゃんのうち、20%がこの研究に参加できませんでした。理由は、母体あるいは新生児の状態があまりに悪くて、KMCができない、と判断されたからです。

夕方のシエラトロピカル診療所

IGPCのやろうとしていること

いま理事長たちは、発展途上国でも使用できる簡易保育器を作ろうとしています。

電気がなくても赤ちゃんをあっためられるように、そして基本的な医療処置が保育器の中で継続して受けられるようにデザインされています。

でもやっぱり、KMCが小ちゃく生まれた赤ちゃんには一番いいのは、今回の論文でも実証されました。

理事長たちも、そのことは十分承知しています。

でも、小さくうまれた赤ちゃんたちの5人に1人は、KMCすらできない状態だったことも、この論文で指摘されています。論文では書かれていませんが、どのくらいの赤ちゃんたちが、CPAPなどの呼吸補助が必要だったのか知りたいところです。

我々がターゲットとすべきは、この20%の赤ちゃん達です。具体的には、主に呼吸の手助けが必要な、重症の赤ちゃんたちです。おそらく、その赤ちゃんたちが最も死んでいく赤ちゃんたちだからです。

この論文で、理事長たちの戦略がちょっと具体的になってきました。

それは、「基本はKMCを推進する新生児管理を目指すが、重症の子達を管理するために必要な、安価で簡単に導入可能な医療機器の開発を目指す」というものです。

IGPCは、このたびAMED令和3年度地球規模保健課題解決推進のための研究事業に、この途上国における新生児医療機器開発事業を申請し受理されました。その基本コンセプトとして、上記の、最重症の子達を救える安価で導入が簡単な医療機器開発を目指す、と記載しています。

具体的にこの研究事業で何をするのか。。。

これは、また今度の機会にお話することとしましょう。

と、最後はIGPCの宣伝になってしましたが、今日はこのへんで。

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