シエラレオネ:帝王切開後の周産期死亡率(死産と新生児死亡)

国際保健

こんにちは。

今回は2020年5月にInternational Journal of Gynecology and Obstetrics に掲載された論文の紹介です(こちら)。

今回の論文では、「西アフリカに位置するシエラレオネ共和国では、帝王切開後の周産期死亡率(死産と早期新生児死亡を合わせた数)は1000出生あたり190人で、その原因は病院にくるのが遅すぎることと、胎児をモニタリングできないからである」、とノルウェーの研究チームが報告しています。

ちなみに日本の周産期死亡率は、3.3人(平成30年)です。どれだけ違うんかい!ってくらい差があります(厳密にいうと、日本の周産期死亡とは、22週以降の死産と生まれて1週間までの新生児死亡を意味します。一方、シエラレオネでは正確な在胎週数なんて誰もわかりませんので、流産で生まれてきた赤ちゃんも入っている可能性があります。なので、日本の数字と比べるのは、ちょっと無理があります)。

理事長はシエラレオネ共和国の首都にある3次母子病院で働いていました。

この論文にでてくる数字は、理事長の実感に近いものがあります。

研究対象は、2016年10月から2017年5月までに、シエラレオネにある9つの病院で行われた帝王切開分娩を経験した母体と赤ちゃんで、方法は前方視的観察研究です。

帝王切開で生まれた1367人の赤ちゃんのうち、死産あるいは新生児死亡となったのは、261人(19.0%)でした。そのうち、陣痛がくる前に子宮内死亡していた症例は、53人、分娩中に胎児死亡となったのは155人、早期新生児死亡となったのは53人でした。

原因としては、子宮破裂の胎児死亡率が最も高く81.8%(55件中45人死亡)、ついで常位胎盤早期剥離が71.8%(85件中61人)、分娩前の出血が53.3%(15件中8人)でした。

難産が原因で帝王切開をした症例では、49.9%しかパルトグラム(分娩経過を記録する用紙)の記載がありませんでした。この分娩記録をきちんととっていた場合、赤ちゃんが死亡するリスクは1.8倍低い(95%CI 1.03-3.18)、という結果でした。

特徴的なのは、なんと言っても、子宮破裂の多さです。これらの症例には、前回帝王切開をした後の経膣分娩(TOLAC)は含まれていません。今回の対象となった症例の背景をみてみると、五回以上分娩を経験している多産症例が37.1%と最多を占めています。

理事長がいた病院にも、子宮破裂をして送られてくる症例が数多くいました。これらの症例は多くの場合、自宅あるいは村の診療所で、分娩を長時間にわたって試みた後に送られてきます。なかには、子宮収縮剤を過量に投与されているケースもありました。

母体背景として多産があり、さらに安全に分娩を管理する意識の欠如などが原因となって、子宮破裂が多く発生しているのでは、と理事長は考えています。

理事長は日本にいるときに、子宮破裂は1、2例しか経験したことがありませんでした。それもそのはず、産科の教科書をみると子宮破裂は非常にまれで、頻度は0.006%となっています。

しかし、子宮破裂しそうな症例、つまり切迫子宮破裂症例にはなんども遭遇してきました。日本の診療体制では、さまざまな診療機器により子宮破裂に至らない段階で発見できるので、早期に対処できます。

日本の産科診療現場では、胎児心音陣痛図計や超音波診断装置などを利用して、破裂しそうな症例をみつけて、大惨事になる前に帝王切開で分娩にすることが可能です。

シエラレオネでは当然このような診療機器はありません。

しかし、これらの診療機械を導入すれば、子宮破裂が減るか、と言われればまたそれも違うと思われます。

なぜなら、現地の医療従事者は、分娩経過をパルトグラムに記録する、という基本的なことができていません。そして、不適切な薬の使用が横行しています。

これらは「人」の問題です。いくらいい機械をいれたところで、結果がよくなるわけありません。

この子宮破裂症例の多さは、シエラレオネでの分娩の実態をよく物語っています。

つまり、ハイリスク妊婦を選別できる効果的な妊婦検診の欠如、分娩をしっかり管理できる人材の欠如、胎児の状態をモニターできる診断機器の欠如、そして、医療機関を適切な時期に受診できる搬送体制の欠如、の四重苦です。

さらに、著者たちは重要なことを指摘しています。

それは帝王切開の適応についてです。分娩はすべて経膣分娩が基本です。経膣分娩以上に安全な分娩方法はありません。帝王切開をするには、それなりの理由がいります。その理由のことを「適応」といいますが、今回の研究で明らかになったのは、この適応が相当いいかげん!ということです。

帝王切開をする理由の一つは、赤ちゃんを助けるためです。

しかし、すでに赤ちゃんが死んでいるにもかかわらず帝王切開をしている症例があまりに多い、ということが今回の研究でわかりました。

赤ちゃんがすでに亡くなっていても帝王切開しないといけない場合も確かにあります。たとえば前置胎盤という疾患はその一つです。お母さんを救命するためには、帝王切開が必要になります。

前置胎盤の診断には超音波診断装置が必要ですが、多くの場合そんな機械はありませんので、前置胎盤と診断する方法がありません。そのため、分娩前の出血があれば、すべて前置胎盤として、帝王切開になってしまうのです。

ほんとうに必要な帝王切開だったのか。実はかなり疑問がのこる症例が多いのです。

本来であれば、帝王切開とは、赤ちゃんを助けるためにするものです。それが、逆に死亡率が高いというのでは、なんのための帝王切開なんだかわからなくなります。

赤ちゃんが子宮内で死亡する前に、弱っている赤ちゃんをみつけて、帝王切開をして出してあげる。

いままで発展途上国では、帝王切開はどちらかと言えば、母体の救命のためのもの、という認識が一般的でした。

しかし、そろそろ、帝王切開は赤ちゃんの命をすくうためのもの、という方向に意識をシフトするべきときに来ているのかもしれません。

今日はこのへんで。

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