鎌状赤血球症

国際保健

こんにちは。

今回のお話しは、日本ではあまりみることのない鎌状(かまじょう)赤血球症についてです。

先日、スンブヤにある理事長のクリニックに、急患が運ばれてきました。

主訴は、呼吸困難です。

診察室では、若い女性が、苦しそうに息をしています。息をすると胸が痛い、体中が痛くてたまらない、と泣きながら訴えています。

この女性は、もともと鎌状赤血球症という疾患を持っています。

この鎌状赤血球症、日本人にはまず発症しない病気です。それもそのはず、マラリアが蔓延している地域に住む人たちに特徴的な疾患だからです。米国やヨーロッパに住む、アフリカに起源を持つ人たちにもよくみられる病気です。

この病気は、名前の通り、赤血球が鎌のような形状になります。

赤血球とは、酸素を運ぶ血液の細胞のことで、普通は、丸くて平たい形をしています。あんドーナツみたいな感じを思い浮かべてもらうと、いいかもしれません。

鎌とは、あの草を刈る道具の鎌です。

この病気の人の赤血球は、三日月みたいに、鎌状の形態に変形してしまうのです。

これはマラリア感染と深く関わっています。

というのは、この鎌状の赤血球というのは、マラリア原虫が寄生しずらくするために赤血球の表面タンパクが変わった結果だ、と考えられています。

マラリアは、人体に入ると、一旦肝臓にいって数を増やした後、血中に飛び出して、赤血球に感染します。

マラリアが赤血球に寄生するときに必要なタンパク質が変形しているせいで、マラリアが赤血球に寄生できず、増えることができません。そのため、マラリアに感染しても、比較的軽症ですむ、という仕組みです。

以前のブログでもお話ししたように、こちらではマラリアは死亡原因の上位をしめています。マラリアに感染しにくいという形質をもった人は、進化の過程で優位にあったため、この形質が代々受け継がれていったと思われます。

しかし、マラリア感染には効果がある赤血球の形状変化ですが、実は非常に恐ろしい副作用をもたらしました。

それは、形が変形しているため、今度は赤血球が壊れやすくなってしまった、ということです。

赤血球自体が脆く、あるいは脾臓で貪食されてしまうため、この病気を持っている人たちは常に貧血です。そして、この赤血球の破壊が、なんらかのストレスが加わると一気に進んでしまうことがあります。

特にこの病気を持っている妊婦さんは要注意です。ただでさえ、妊婦さんの体は、妊娠に伴う様々なストレスにさらされています。これにちょっとでも、余計なストレスが加わると、赤血球が一気に壊れていきます。

これを鎌状赤血球症の急性増悪といいますが、まずは関節痛などで発症します。壊れた赤血球が、小さい血管に血栓をつくり始めます。すると肝臓、腎臓といった重要な臓器に十分に酸素が行き渡らなくなり、細胞が死に始めます。その時に強い痛みが起こるらしく、おしなべて急性増悪が起こっている人は、ものすごい痛みを訴えます。

急性増悪でも、特に恐ろしいのが、Acute Chest Attackと呼ばれる呼吸器系への影響です。肺胞が水浸しになってしまい、呼吸をすること自体が難しくなってきます。

こうなると鎮静をかけて、人工呼吸器管理をしないといけません。また、血栓ができ始めると、出血傾向が強くなるので、頭蓋内での出血も起こしやすくなります。集中治療室での管理が必要になります。

理事長の診療所にきた女性も、鎌状赤血球の急性増悪だと診断しました。しかし、治療できる十分な設備がありません。おそらくこの女性も肺水腫を起こしているらしく、聴診器で胸の音を聴くと、バリバリすごい音が聞こえます。

これはちょっとやばいかも、、、とさすがに焦って、点滴ルートをとって、痛み止めを投与しました。モルヒネが第一選択なのですが、当然ながらありません。こちらでは、メタミゾールという薬が手に入ります。たぶん、この薬は日本ではもう手に入らないかもしれません。

しかし、いちばん強力に痛みをとってくれるので、投与しました。痛みが治っても呼吸苦が改善しません。酸素をマスクで投与しますが、最高で5リットルまでしか流せません。

とりあえず大量に輸液して、酸素投与して、痛みをとって、あとは。。。。輸血が欲しい。。。

やっぱり最後は輸血です。赤血球が壊れているので、貧血はかなり進行しています。瞼の裏側をみると、もう真っ白です。

おそらくボーの病院に行って入院しても金がなければ、治療はしてもらえないだろうし、おそらく薬がないでしょう。でも輸血は、もしかしたらやってくれるかも。。。

輸血の遅れが、命に直結しますので、今回はボーの病院に送ることにしました。車を手配して、途中で急変しても対応できるようにと、スタッフのジョンに一緒にいってもらうことにしました。

翌朝、理事長がクリニックに行って、搬送した後の顛末をジョンに聞きました。すると、

「女性は、自宅で亡くなったらしい」とのこと。

えーー、なんで自宅で??

ジョンの話によると、昨日の夜に、患者が病院からいなくなったようでした。それで不審に思ったジョンが家族に連絡をとってみたところ、自宅で死亡した、とのことでした。

実は、こちらではよくあるのですが、治療に金がかかると言われると、病院から家族が患者を連れ出して、村に帰ってしまうことがあります。入院患者がいなくなっても、こちらでは探すことはしません。ベッドはすぐ次の患者で埋まってしまいます。

せっかく輸血ができるかも、と思ってボーの病院まで運んだのに、無駄だったのか。。

無力感でがっくりしていると、なんか診療所の玄関先が騒がしい。。

なんだ?と思ってのぞいてみると、、、、

なんと、亡くなったと思っていた女性が待合にいるではありませんか!!

ナースたちがびっくりして、騒いでいます。

その女性曰く、ボーの病院に着いた時には症状もほぼなくなっていて、輸血をしてもらえなかったと。でも、高い治療費を請求されたので、村に帰ったとのこと。

ちょっと肩で息をしながら話をしていましたが、まぁ、前よりはかなり落ち着いて喋ってますし、血圧や血中酸素飽和度も特に問題ありません。

なんだよーーーー

もう、びっくりさせないでよー

と思った症例でした。

しかし、ジョンくん、いったい電話でどんな話を聞いたの??

というわけで、今日はこのへんで。

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