本日の論文「B群溶血性連鎖球菌」/「グローバル化と栄養失調」

周産期

こんにちは。

このブログでは、グローバル・ヘルスに関する論文のうち、母子保健について書かれたものをピックアップして、お届けしています。将来、発展途上国で産科医あるいは助産師さんとして働きたい、あるいは看護師として途上国の周産期医療や小児医療に従事したい、そんな人たちに向けて最新のトピックをお伝えしています。

今回は、Lancet Global Healthから2本論文を紹介します。

2022年4月28日号に掲載された論文から。

『妊娠中のB群溶血性連鎖球菌感染の脅威を世界規模で推定してみた』

<B群溶血性連鎖球菌とは?>

周産期医療になじみのない人にはあまり聞きなれない言葉だと思いますが、産科あるいは新生児をやっている医療従事者には、これほど恐ろしい響きのある細菌もいません。

このB群溶血性連鎖球菌(Group B Streptococcus; 以下GBS)は、常在菌とよばれる細菌で、健康な女性の25%が保有していると言われています。常在菌とは、健康な人でも保有しているけど、特に悪さをすることはない細菌たちをさします。

成人にとってはあまり怖くない細菌ですが、このGBSを保有している妊婦が分娩した場合、うまれてきた赤ちゃんが感染する場合があります。赤ちゃんが一旦感染してしまうと、重篤になる場合が多く、約20%が死亡または後遺症を残すと言われています。そのため、日本では妊娠中に必ずGBSの検査をします。

幸い、このGBSはペニシリン系の抗生剤がよく効きます。日本で通常行われる妊婦健診では、妊娠35ー37週に培養検査をして、もし陽性であれば、分娩の時に点滴注射をしながら分娩にします。

このような管理方針が徹底されている日本では、赤ちゃんへの感染率は1%程度となっており、日常診療ではあまりみかけないようになってきました。

<世界のGBS感染症>

さて、日本ではこのように予防可能なGBS感染ですが、世界に目を向けてみるとまだまだ猛威を奮っています。今回の論文では、実際どれくらいの脅威なのか、いろいろな論文から数字を取り出して推計してみました、という内容です。

きちんと検査を行なったり、統計データがしっかりしているのは、先進国で行われた研究になってしまいますので、この論文で引用しているデータ自体がちょっとバイアスかかっている感じです。途上国のデータはほとんどないので、いろんな統計処理をして途上国の数字を推計しています。

その結果を示したのが下の図です。

この地図の中で円の大きさは、感染している人数の多さを表しています。上の図(A)では、実際の感染者数(早発型:EOGBS、遅発型LOGBS)と母体感染の数を、下の図(B)ではGBS感染による新生児死亡数(EOGBSとLOGBS)と死産数を表しています。

この地図をみると、やっぱりというか、サハラ以南のアフリカが一番大きな円になっていますね。

論文では新生児死亡数と死産数の推定値を出しています。それによりますと、世界全体でみると年間91900人の赤ちゃんがGBS感染で亡くなっていると予想しています。また、死産数は46200人、早発型は162200人、遅発型9100人となっています(下図)。

しかしこの数字は地域格差があって、サハラ以南のアフリカだけを取り出してみると、新生児死亡数50600人、死産数20300人、と世界全体の約半数近くをしめていることがわかります。

実際にシエラレオネで診療していると、死産が多いことに驚きます。一番多い原因はおそらく難産だと思いますが、陣痛がくる前に心拍が止まっている症例もまれではありません。もしかしたらGBSという細菌が関係しているのかもしれません。

現在理事長がいるシエラレオネで、すべての妊婦に分娩時に抗生剤を投与することは、耐性菌のことを考えると得策とは思えません。しかしせめて破水した症例には抗生剤の点滴静注をルーチンで行ってもいいのではないか、と考えて実際にIGPCの病院ではそのように対処しています。

しかし、シエラレオネのほかの公的病院で抗生剤の投与ができるかと言われると、点滴するための留置針やチューブもすべて家族が買ってこないといけないこの国では、点滴で抗生剤を投与するのはかなりハードルが高いと言わざるを得ません。

このGBSという感染症、先進国では検査方法も対処方法もわかっている病気だけど、アフリカなどではほとんど検査もされないし、治療もされていない病気の典型的な例だと言えるのではないでしょうか。

つぎにご紹介する論文はこちら。2022年2月8日号に掲載された論文です。

「格差と栄養失調の二重苦とグローバル化:中低所得国55カ国の人口健康調査から」

グローバル化が子供の栄養失調と親の肥満にどう影響するかを調べた、という内容です。

この論文で問題としているのは、ふたつの栄養失調、つまり栄養が足りない状態と栄養が過多である状態、の二重苦の状態のことを指しています。

現在、中低所得国(Low- and Middle-Income Countries: LMICs)では、標準体重に満たない子供がいる一方で、成人の間では肥満が問題となっています。このような状態を著者たちは、栄養失調の二重苦(double burden of malnutrition: 以下DBM)と言っています。

この論文では、「母親は肥満なのに、子供は栄養不足で発育不全」という家庭が多くなるのは、社会経済のグローバル化と関連しているのではないか、との仮説を検証しています。

政治経済社会のグローバル化の程度をどうやって数値化するのか、という問題には、Konjunkturforschungsstelle (KOF) Globalisation Index という手法を使っています。KOFは三つの分野から成り立っていて、経済、社会、政治のグローバル化の度合いを数値化しています。

経済のグローバル化は貿易と金融と投資がどれだけ外国に開かれているかを尺度としています。社会のグローバル化は、個人間の交流、そして情報や文化的価値観がどれくらい国際社会と相互に関連しているか、などを尺度としています。さらに政治的なグローバル化の度合いも調べていて、これは国際機関に参加していたり、あるいは国家間の条約などを参考にしているみたいです。

なんか抽象的で何言っているかわからないですね。具体的な説明がないので、具体的に何を指しているのかさっぱりわからない手法ですが、まぁ今回はこれで国際化を点数化しています。数字が

高いほうが国際化している、と評価しています。

さらに国民総所得(Gross National Income:以下GNI)を使用して、国家の経済発展とDBMとの関連を調べています。

子供の栄養失調による発育阻害は身長が-2SD以下の場合とし、母親の肥満はBMI>25以上としています。この論文では、この組み合わせの子供と母親を、DBMの状態にある、と定義しています。

これらのデータはDemographic and Health Surveys (DHS)から取得しており、今回の研究では中低所得国55カ国から189の調査結果をもとにしています。

さて、結果です。

次のグラフをみてください。

このグラフでは、横軸にGNIを、縦軸に最貧困層と最富裕層におけるDBMになる確率の差をみています。

この差がプラスということは、最富裕層でDBMになる確率が高くなり、マイナスになれば最貧困層でDBMになる確率が高くなることを示しています。

国民総生産が低い開発途上国では、経済がグローバル化すればするほど、お金持ちからDBMになっていく。つまりお金をもっている母親は肥満になるが、子供が栄誉失調で発育が遅れているケースが多くなる、といことを意味しています。

具体的に言うと、GNIが150ドルの国では、経済のグローバル化にすすむと、貧困層に比べて富裕層においてDBMであるリスクが7.4%高くなっています。

これがGNIが大きくなるにつれて、マイナスになっていきます。これは上記の逆を意味していて、経済が発展している国になるほど、今度は貧困層の母親が肥満になり、子供が栄養失調になる確率が高くなる、というものです。

例えば、GNIが4950ドルの国では、経済のグローバル化がすすむと、貧困層に比べて富裕層においてDBMであるリスクが3.1%低くなっています。

次に、経済のグローバル化が進展すると、各階層にどのような影響があるかを調べたのが下のグラフになります。

なんだかパッと見よくわからないグラフです。

まず、所得によって富裕層から貧困層まで、対象者を5段階にわけています(Q1~Q5:Q1最貧困層、Q5が最富裕層)。横軸はper capita GNI、つまり一人当たり国民総所得です(US$)。

縦軸は、経済のグローバル化におけるKOFスコアが10ポイントづつ上昇した場合にDBMの確率がどれくらい上昇するか、を表しています。

GNIが低い段階では、どの階層に属する人々(Q1からQ5)も、経済のグローバル化が進むとDBMの確率が上昇してしまいます。

しかし真ん中くらいの貧困層からの裕福層(Q3からQ5)であれば、GNIが上昇するとマイナスに転じると読み取れます。

次に、社会的なグローバル化がもたらす影響ですが、経済的なグローバル化と同様に、最貧困層(Q1)ではたとえGNIが上昇したとしても、DBMの確率はほぼ変わらず上昇しているという結果でした(下図)。

政治的なグローバル化は、DBMに影響はなかったとの結果でした。

貧困になればなるほど安くてカロリーの高いジャンクフードを摂取する機会が多くなり、貧困層のほうが肥満率が高い、というのもよく聞く話です。

これが低所得国になると、ちょっと複雑になってしまいます。発展途上国で、ちょっとしたお金持ちは、やっぱり太っています。発展途上国で経済や社会がグローバル化すると、先進国の食習慣や育児に対する価値観、とくに母乳育児に関する価値観が輸入され、いままでの価値観から大きく変化してしまう可能性がある、と著者たちは述べています。

グローバル化が進むと女性の社会進出も活発になってきます。著者たちは、発展途上国においては、この変化は必ずしも適切な労働環境やマタニティ休暇取得につながっているわけではなく、その結果としてむしろ母乳育児が犠牲になることがある、と言っています。

女性が自分達で稼ぎ、自立して生活できるようになることは、確かに彼女たちのエンパワーメントにつながります。しかし、所得が増えると、次にスマホを手に入れ大量の先進国の情報に晒され、伝統的な食事を作ることをやめ、ジャンクフードを食べにいきます。金を稼ぐことがすべてに優先し、母乳育児をやめて、仕事に行ってしまいます。

理事長のいるシエラレオネの片田舎であるスンブヤで、よくみる光景です。

資本主義の波に飲まれた人間は、いったいどこにいくのでしょうか。

今日はこのへんで。

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