シエラレオネにおける母体死亡の検討

国際保健

今回は、理事長が第33回国際保健医療学会で発表した内容をご紹介します。

シエラレオネの首都であるフリータウンにある母子保健病院Princess Christianity Maternal Hospitalで2017年1月から2018年12月に発生した母体死亡の記録を後方視的に検討しました。

死亡原因で一番多いのは、産後出血でした。しかし致死率が最も高かったのは産前出血、中でも常位胎盤早期剥離による産前出血が最も致死率が高かった、とうことがわかりました。

シエラレオネ共和国とは、西アフリカにある国で、首都フリータウンの人口は約100万人です。世界最貧国の一つに数えられ、妊産婦死亡率は1360人/10万出生、日本のおよそ400倍です。

今回データを集めたのは、首都フリータウンを含む西部エリアを管轄する周産期3次救急病院です。

近隣に手術施設がある場所がないことから、母体搬送はすべてここに集まります。

年間分娩件数は約7000件。母体搬送は約4000件です。

医療スタッフは、8人の産婦人科専門医と20人程度の研修医、68人の助産師で、これだけの数をこなさないといけません。以下はこの病院の分娩データです。

分娩の約1/3は帝王切開です。

分娩の1/10くらいは死産で生まれてきます。

次のグラフはどのような理由で母体搬送されてくるかを表したものです。

一番多いのは、緑色の部分Prolonged/Obstructed labor、つまり難産です。45%を占めています。

お産を扱う施設は近隣にいくつかあるのですが、手術までできる設備があるのは、この病院だけです。そのため、お産の進行が悪く、帝王切開が必要な症例はすべてここに搬送されてきます。

中には、搬送する時期が遅すぎて、病院に到着した時にはすでに胎児が死亡しているケースが少なくありません。

そして、その次に多いのが、水色の部分 Eclampsia、つまり子癇発作です。約19%です。

血圧が高い妊婦さんが何も処置をしないと起こす痙攣発作のことです。頭蓋内出血を起こすこともあるとても怖い疾患です。実際、ここでは痙攣を起こしてから搬送されてくる症例がほとんどです。管理が行き届いている日本では、もうほとんどみることがなくなりました。

次に多いのが、赤い部分PPHこれはPost Partum Hemorhhageといって産後出血のことです。11%くらいを占めています。

次に多いのが妊娠中絶合併症です。現地では、きちんと訓練をうけた医療従事者がいないため、妊娠中絶をした後の合併症が非常に多いです。

つぎに濃い青の部分、APH Ante Partum Hemorrhageといいいます。分娩前の出血のことを指します。約6%を占めています。

では、実際に母体死亡はどのような原因で発生しているのでしょうか。それを表したのが次のグラフです。

2年間にこの病院だけで発生した母体死亡は143人です。ちなみに、毎年90万人弱生まれる日本全国で発生する母体死亡の数は30人前後です。いかに多いかお分かりいただけますでしょうか。。。。

このうち93人が直接的原因、つまり産科合併症で死亡しています。のこりの35%は間接的理由となっていますが、多いのはマラリア、そして鎌状赤血球の急性増悪などです。

さて、産科合併症で一番多い原因は、PPH、つまり産後出血です。これは30人で、全体の21%を占めていました。

次に多いのは、子癇発作(Eclampsia)で21人(15%)

そして次に多いのは、産前出血(APH)で19人(13%)でした。

この病院では、産後出血、子癇発作(つまり妊娠高血圧症候群)、産前出血が3大キラーであることがわかりました。

では、この3大キラーの致死率はどうなっているのでしょうか。

このグラフは、左から産前出血(APH)、産後出血(PPH)、子癇発作(Eclampsia)の致死率を棒グラフにしたものです。灰色の棒グラフが2017年、水色の棒グラフが2018年の致死率を表しています。

産後出血の致死率は、2017年に3.6%でしたが、2018年には2.4%と減少しています。子癇発作も同様に改善傾向が認められました。

しかし、産前出血の致死率は上昇しており、2018年は4.2%と非常に高くなっています。

じつは、産前出血(APH)を引き起こす疾患は、約84%が単一の疾患、つまり胎盤早期剥離に起因しています。

次のグラフは各疾患ごとの死産率(赤ちゃんが胎内で亡くなって生まれてくること)を表したものです。注目していただきたいのは、一番左のグラフで、産前出血だった場合の死産率は36%にも上ります。

つまり、産前出血できたほとんどの症例は胎盤早期剥離を発症しており、約4割近くはすでに胎児死亡を起こしてから運ばれてくる、ということが予想できます。

胎盤早期剥離を起こし、さらに胎児が死亡してしまうと、母体には恐ろしい合併症のリスクが一気に上がります。それが播種生血管内凝固障害、DICというやつです。

次のグラフは集中治療室に入った理由とその理由ごとの致死率がでています。緑の棒グラフが症例数で、赤い折れ線グラフが致死率を示しています。

左から、循環動態不安定、敗血症ショック、重症貧血、意識障害。。。。そして一番右端が凝固障害となっています。凝固障害が認められる症例数自体は少ないのですが、一度発症すると、その致死率は35%にまで上昇していることがわかります。

結論としましては、産後出血はまだまだ母体死亡原因の第1位であるが、徐々に改善されている、産前出血の症例数自体は少ないが、胎盤早期剥離を発症すると極めて高い致死率にいたる、ということがわかりました。

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